2009年04月04日

「お仕事ですから!」番外編 職場のアイドルですから☆

同人活動3周年記念本「紙のうらうらえんEXTRA」に掲載した「お仕事ですから!」シリーズの脇役視点SSです。



 JR横浜駅から歩いて二十分、ヨコハマ運送株式会社の倉庫。青い作業着に身を包んだ青年が二人、黙々とトラックへ段ボール箱を積み上げていく。
 荷物を全部積み終えると、二人のうちの一人、飯島航太は首にかけたタオルで汗を拭った。
「OK。二人とも休憩入っていいぞ」
「うっす。そんじゃお先に失礼しまーす!」
 午前中の作業が終わり、航太はうきうきとした足取りで休憩室に向かった。
「メシメシ〜っと。今日は何かな〜」
 鼻歌を歌いながら、保温ケースに入れられた仕出し弁当を取り出す。
「お前、飯の時間になると一気に元気になるなあ」
 先に弁当を食べていた年配の男が、可笑しそうに笑う。同じ職場で働くトラックの運転手だ。
「いや、航太はいつでも元気だろ。飯の時間になるとハイになるだけで」
 別の同僚が航太の背中をばんばんと叩く。
「いてっ! もー河田さん、思いっきり叩かないで下さいよおー」
 航太が唇を尖らせると、河田と呼ばれた三十くらいのがっちりした男が肩を揺すって笑った。
「お前、仮にも格闘家の卵だろ」
「そっすけど、俺結構繊細なんすよー」
「よく言うよ。こないだ床に落ちたおにぎり平気で拾って食ってたくせに」
 河田が航太の頭を軽く小突く。
「まあ航太なら平気でやりそうだよなあ。航太に繊細さは無縁すぎだろ」
 積み下ろし作業班のチーフも加わって、皆で航太をいじり始める。
「ひでーっすよお。俺、高校んときは柔道部のガラスのエースって言われてたんですよお」
「ないないないない」
 河田が思いきり否定し、その場にいた連中がどっと笑った。
「それはそうと、お前いつデビューするんだよ。デビュー戦はみんなで応援に行ってやるぞ」
「まじっすか! 超嬉しいっすよ! でもまだ決まってないんすよー」
 賑やかにしゃべりながら、航太はぱくぱくと弁当を口に運ぶ。
「おーい、航太。これ読み終わったからやるぞ」
 テーブルの端で少年漫画雑誌を読んでいた先輩が、雑誌を掲げて手招きする。
「あ、ありがとうございます! わーい」
 いそいそと雑誌を受け取り、航太は目的のページを探した。楽しみにしている連載があるのだ。
「お、表紙、南春菜じゃん。可愛いよなあ」
 向かいの席に座っていた同僚が、最近人気急上昇中のグラビアアイドルに目をとめて目を輝かせる。
「そうかあ? 俺は断然沢井リカだな」
「いやいや、一番可愛いのは舞ちゃんだろ」
 グラドル談義には加わらずに黙々と漫画を読んでいた航太が、ふいに「ああっ!」と声を上げる。
「なんだよ、びっくりするじゃねえか」
「どうした航太」
「これ、この漫画のヒロイン、誰かに似てるなーって思ってたんすよ。今わかった。千波矢さんに似てるんだあ」
 読みかけの漫画のページを皆のほうへ向け、航太がうんうんと頷く。繊細なタッチで描かれたショートヘアのヒロインは、少し憂いを含んだような大きな瞳が千波矢のそれと重なる。華奢で色気のある体つきも、男女の差はあれ醸し出す雰囲気がどこか似ていた。
「チハヤ? 誰だいそりゃ」
「『ROCKS』の事務所の人なんすけど、すんごい綺麗なんすよ。初めて見たとき、芸能人かと思ったくらい」
「なに? 事務に可愛い子がいるのか」
「おい、紹介しろよ」
「合コンだ、合コン」
 にわかに周囲が色めき立つ。
「えっ、いやあの……千波矢さんは男ですよ?」
 航太がきょとんとしてそう言うと、皆の口から一斉に「なーんだ」というため息が漏れる。
「いやでもマジで可愛いんすよ! な、謙太」
 航太の隣で黙って弁当を食べていた男が、むくっと顔を上げる。先ほど航太と組んで荷物の上げ下ろしをしていた青年だ。
 ――航太と同じ『ROCKS』練習生の徳本謙太。よくしゃべる航太とは正反対に、自分からは滅多にしゃべらない、寡黙で落ち着いた男である。
「……確かに笹森さんは可愛いな」
「だろ! あーもう、こないだジムの掃除したとき写メ撮っとけばよかったあ。今度写真見せますよ」
 謙太の同意を得て航太は得意げだったが、同僚たちの反応は薄かった。
「男じゃしょーがないだろ」
「航太、あとで南春菜のページだけくれ」
「おーい、俺の分もコーヒー頼む」
 航太はもう一度漫画雑誌に目を落とした。
「千波矢さんてさ、なんか可愛い人だよなあ」
 隣の謙太にだけ聞こえるように、ぼそっと呟く。
「そうだな。特に俺らみたいなむさ苦しいのばっかりの格闘技団体にいるから、余計にな」
「千波矢さんて声も綺麗だししゃべり方も優しいし、いいよなあ……『ROCKS』のアイドルだよなあ」
 航太は千波矢を慕っている。
 別にホモセクシュアルな意味ではなく、航太は千波矢のまとっている清潔な雰囲気が好きだった。今まで航太の周りにはいなかったタイプだ。
 千波矢は決して愛想のいいほうではない。むしろ他人に話しかけられるとびくびくしているようなところがある。しかし不思議と神経質な感じはしなくて、そういう世慣れていないところが年上ながら可愛いと思ってしまう。
 弁当を食べ終えて漫画雑誌に没頭する航太を、謙太は頬杖をつきながら見やった。
「……お前も十分、ここのアイドルだよ」
「え? なんか言った?」
「いや、なんでもない」
 航太の肩をぽんと叩き、謙太はにやりと笑った。

(2008.10.26)
posted by 神香うらら at 00:00| 同人誌番外編