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<title>小説倉庫</title>
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<description>「CHERRY MANIA」の小説ページです。</description>
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<title>「新米秘書の愛しかた」番外編SS</title>
<description>プリズム文庫「新米秘書の愛しかた花嫁ランジェリーｖプロジェクト」の番外編です。あとがきでご案内した関根＆夕夏のお話です。</description>
<dc:subject>商業誌番外編</dc:subject>
<dc:creator>神香うらら</dc:creator>
<dc:date>2012-04-01T00:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
プリズム文庫「新米秘書の愛しかた花嫁ランジェリーｖプロジェクト」の番外編です。<br />あとがきでご案内した関根＆夕夏のお話です。<br /><a name="more"></a><br /><br /><br /><br />　――――枕元で携帯電話が鳴っている。<br />「……ん……」<br />　目を開けると、カーテン越しに明るい陽射しが降り注いでいた。<br />（誰だろ……）<br />　ごろりと寝返りを打ち、携帯を手に取る。<br />　液晶画面に表示された発信者名を見て、雄人はがばっと布団の上に飛び起きた。<br />「……はい……っ」<br />『あ、藤井くん？　ぷりずむ編集部の鈴木です』<br />「はい……どうもお世話になっております……」<br />『今ちょっといい？　仕事の話なんだけど』<br />「はい……っ」<br />　心臓がどくんと跳ね上がる。<br />　――――雄人は『藤井夕夏』というペンネームで少女漫画を描いている。<br />　高校生のときに少女漫画誌『月刊ぷりずむ』からデビューして約六年。今ひとつ人気が出なくて、今やすっかり〝売れない少女漫画家〟なのだが……。<br />『急で悪いんだけど、明日から三日間、中野先生のアシスタントに行ってもらえないかな』<br />「……アシスタント……ですか……」<br />　がっかりして、雄人は肩を落とした。<br />　新規の仕事の依頼かと期待してしまったので、落胆も大きい。<br />『中野先生のところ、前にも行ったことあるよね。詳細はあとでメールするよ』<br />「はい……よろしく……お願いします……」<br />　電話を切って、雄人はため息をついた。<br />　最後のコミックスが出てから三年。仕事はここのところ増刊号の読み切りばかりで、雄人は少々焦っていた。<br />（でも……まあ……こうやって声をかけてもらえるだけでも……ありがたいけど……）<br />　背景や小道具を描くのが上手く、トーン貼りなどの作業も速くて丁寧なので、雄人はアシスタントとしてはかなり人気がある。ここ三年、本業の漫画家よりもアシスタント業のほうがメインになっているくらいだ。<br />（……そうだ。お店のほうに……欠勤の連絡入れとかなきゃ……）<br />　漫画家兼アシスタントの他に、雄人にはもうひとつの顔がある。<br />『はい』<br />「もしもし……夕夏です……急で申し訳ないんですが……明日と明後日お休みさせください……」<br />『あら、仕事入ったの？』<br />　クラブ『FRUIT PUNCH』のママ、三木が答える。<br />「ええ……アシスタントのほうの……」<br />『ふうん、まあ仕方ないわね。終わってから来られそうだったら出勤してちょうだい』<br />「はい……すみません……」<br />　謝って、電話を切る。<br />　――――雄人のもうひとつの顔、それはランジェリーパブのホステスだ。<br />　漫画だけでは収入が心許ないので、高校を卒業してすぐに趣味と実益を兼ねて入店した。今では店でいちばんのベテラン、固定客をがっちり掴んでいる人気ホステスのひとりだ。<br />　布団の上に膝を抱えて座り、雄人はぼんやりと室内を見回した。<br />　古ぼけた六畳の和室には、洋服があふれ返っている。押し入れを改造したクローゼットにぎっしりと並んだ服は、ほとんどが女ものだ。<br />（中野先生のところだったら……ゴスロリ着ていってもいいかな……）<br />　先週買ったばかりの黒いふりふりのドレスを手に取る。<br />　――――雄人が少女漫画家の仕事場で歓迎されるのは、手先の器用さだけが理由ではない。<br />　雄人が、〝男の娘〟だからだ。<br />　女装をしているときの雄人は、完全に女性に同化している。話し方も、仕草も……そして多分、考え方までも。<br />　恋愛の対象も男性なので、彼女たちと普通に恋バナで盛り上がることもあり、それはそれでとても楽しい。<br />（だけど……）<br />　ドレッサーの前に座って、雄人は鏡を見つめた。<br />　化粧を落とした素顔、短い髪、色気のない黒縁の眼鏡。<br />　――――これが本当の姿だ。<br />　ランパブやアシスタント先ではストレートのロングヘアのウィッグを被り、完璧なメイクをして女性になりすましているが、本当の自分は女性になりきれていない。<br />　――――女装を始めたとき、雄人は自らのセクシャリティについて考えた。<br />　ホルモン投与や手術で、より女性らしい体に近づくことはできる。<br />　けれど、そうしなかった。<br />　自分は男性の体のまま、男性に愛されたいのだと気づいたから……。<br />（こんな姿見せたら……ランパブのお客さんたち……幻滅するだろうな……）<br />　パジャマ代わりの白いＴシャツとスウェットパンツを見下ろし、雄人は苦笑した。<br />　前に一度だけ、女装姿の雄人を好きになってくれた人とつき合ったことがある。<br />　けれど彼は、雄人が素顔を晒した途端に逃げ出した。<br />（最初から男だってわかってたのに……土壇場になって逃げるとか……ほんと最低……）<br />　ランパブで働き始めて間もない頃の、苦い思い出だ。<br />　それ以来、雄人は客とは個人的なつき合いをしないと決めている。<br />　女性の服を着たい自分。<br />　体は男のままでいたい自分。<br />　どちらも自分で、両方とも受け入れて欲しいと思うのは贅沢なのだろうか……。<br />　携帯のメール着信音に、雄人ははっと我に返った。<br />　発信者の名前を見て、ため息をつく。<br />　――――〝関根さん〟。<br />　ランパブの常連で、目下雄人に猛アタック中の客、関根利彦だ。<br />『おはよう夕夏ちゃん〓もう起きてた？　ゆうべは楽しかったね〓〓　次の出勤日、同伴どうかな〓〓　お返事待ってま～す〓〓〓』<br />　絵文字だらけの脳天気な文面に苦笑する。<br />（関根さんのこういうとこ……ちょっと苦手だ）<br />　関根は明るく社交的で、気さくな人物だ。<br />　いつも指名してくれるし、ネガティブなことは言わないし、一緒にいて楽しいといえば楽しいが……その調子の良さゆえに、どこか信用できずにいる。<br />　自分に対する猛アプローチも、本気なのか、それともその場を盛り上げるための口先だけなのか、今ひとつ判然としない。<br />（まあ……どっちにしても……お客さんとつき合う気はないけど……）<br />「お兄ちゃん、入るよー」<br />　ふいに襖の向こうから声をかけられ、雄人は携帯から顔を上げた。<br />　高校生の妹、美結が、雄人の返事を待たずに遠慮なく襖を開ける。<br />「明日友達と出かけるから服貸してくれない？　こないだお兄ちゃんが買った黒いやつ。ああ、それそれ」<br />「え……」<br />　ドレッサーの横に掛けてある黒いドレスを指さされ、雄人は困って視線を泳がせた。<br />「これは……明日着ていくから……」<br />「ええーっ、他にもいっぱいあるじゃん」<br />「でも……」<br />「お兄ちゃんは黒は似合わないよ。こっちのピンクの着たら？　そのほうが絶対可愛いって」<br />　自信満々に言い切って、美結がドレスを手に取る。<br />（……ま、いいか……）<br />　美結は自慢の妹だ。<br />　可愛くて素直で……何よりも、雄人が少女漫画を描いていることや女装をすることに対して偏見を持っていない。<br />「わかった……」<br />「やったあ！　ありがとお兄ちゃん！　感謝感謝！」<br />　はしゃぎながらドレスを胸に当てる美結を、雄人は微笑ましく見つめた。<br /><br /><br />　階段を下りると、二階の居間で編み物をしていた祖母が顔を上げた。<br />「あら雄人、起きたの」<br />「うん……」<br />「今日は仕事？」<br />「ううん……今日は休み……」<br />「じゃあ食料品の買い出しつき合って」<br />「うん……顔洗って着替えてくる……」<br />　藤井家は両親と祖母、長男、次男の雄人、美結の六人家族だ。<br />　両親は下町で代々続く和菓子屋を営んでおり、一階が店舗兼作業場、二階から四階が住まいになっている。店は兄が継ぐことになっており、昨年修業先の有名和菓子屋から戻ってきたところだ。<br />「おばあちゃん……用意できたよ……」<br />　パーカーに綿パンという普段着に着替えて下りていくと、祖母が老眼鏡をずらして「おや」と呟いた。<br />「なんだい、今日は男の子の格好なのかい」<br />「うん……」<br />　雄人が女装を始めたとき、当然ながら祖母はあまりいい顔をしなかった。<br />　それは両親も同じだったが……数年前、近所の酒屋の息子がビジュアル系バンドのボーカリストとして一躍スターになって以来、あまり文句を言わなくなった。<br />「ふうん……こないだ呉服屋さんの奥さんが雄人のこと褒めてたんだけどね。まあいいわ、じゃあ行こうか」<br />　どことなく残念そうにそう言って、祖母は「よっこいしょ」と立ち上がった。<br /><br /><br />「おばあちゃん……僕、先に帰ってるね……」<br />　スーパーからの帰り道、手芸店の店先で話し込み始めた祖母に、雄人はそっと小声で耳打ちした。<br />「ああ、うん、そうしてちょうだい」<br />　子供の頃から顔なじみの手芸店の店主にぺこりと会釈して、両手にレジ袋をぶら下げて歩き始める。<br />　総菜屋の店先から、コロッケを揚げるいい匂いが漂ってくる。下町の商店街は、いつもと変わらぬ賑わいを見せていた。<br />（あ……メール……）<br />　ぶらぶらと歩きながら、雄人は関根からのメールに返信をしていないことを思い出した。<br />　……関根のことは、雄人にとって悩みの種だ。<br />　こうやって誘ってくれるのはとてもありがたいし、彼のことは嫌いではない。<br />　何度も何度も断っているのにめげずにアタックしてくる関根に、他の客とは違う親近感を抱き始めているのも事実だ。<br />　けれど、深入りする気はない。<br />　このまま素っ気なく拒絶し続けるべきか、それとも同伴くらいはつき合うべきか……。<br />（アフターはまずいけど……同伴だったらいいかな……）<br />　しかし両手に荷物を提げた状態でメールを打つのも億劫で、帰宅してからにしようと思い直す。<br />（あ……この花……すごく綺麗……）<br />　生花店の店先で、雄人は足を止めた。色とりどりの花が咲き誇る中、上品な印象の白い花に目を吸い寄せられる。<br />（こういう形の花、珍しいな……背景に描いたら映えそうだ……）<br />　カラーの表紙がもらえたら、この花を描いてみたい。資料用に何本か買って帰ろうと、雄人は店の中を覗き込んだ。<br />「すみません……これ……」<br />　レジにいた女性店員に声を掛けるが、あいにくと彼女は電話中だった。「ちょっと待って」と仕草で示されて、頷いて花のほうへ視線を戻す。<br />　店頭の花を眺めていると、背後をスーツ姿の若い男が通り過ぎるのがガラスに映った。<br />「あれっ？　夕夏ちゃん？」<br />　――――ふいに背後から声を掛けられ、ぎくりとする。<br />　先ほど雄人の背後を通り過ぎたスーツ姿の男が、くるりと振り返って近づいてきた。<br />「やっぱり夕夏ちゃんだ～！　すごい偶然だね！」<br />「…………」<br />　――――関根だ。<br />　なぜ、こんなところにいるのだろう……。<br />「この近くにある染料メーカーさん訪ねた帰りなんだ。あっ、さっきのメール、読んでくれた？」<br />　……黒縁の眼鏡のフレームを押し上げて、雄人は低い声を作った。<br />「……どなたかと……お間違えじゃないですか……」<br />　途端にばしんと背中を叩かれて、軽く前につんのめってしまう。<br />「またまたあ！　俺が夕夏ちゃんを見間違えるわけないじゃないの！」<br />　これ以上しらを切るのもどうかと思い、雄人は小さくため息をついた。<br />「…………どうして……わかったんですか」<br />「え？　そりゃあわかるよ！　横顔とか立ち姿とか、醸し出す雰囲気とか」<br />　おそるおそる振り返って、関根の顔を見上げる。<br />　女装姿しか知らない人に、素の姿で気づかれてしまったのは初めてだ。<br />　すっぴん、黒縁眼鏡、短い髪、地味な私服……地味で冴えない自分を客に見せるのは、やはり抵抗がある。<br />「なになに？　お花買うの？　誰かにプレゼント？」<br />「……いえ……ちょっと……見ていただけです……」<br />　くるりと背を向けて、雄人はすたすたと歩き始めた。<br />　関根が追いかけてきて、隣に並ぶ。<br />「そうなの？　あ、買い物帰り？　夕夏ちゃんこの近くに住んでるの？」<br />　矢継ぎ早に質問されて、雄人は目を白黒させた。<br />　男の姿のときに「夕夏ちゃん」と呼びかけられるのは、なんとも居心地が悪い。<br />「荷物重そうだね、一個持とうか」<br />「いえあのっ、結構です……っ」<br />　関根にレジ袋を奪われそうになり、慌てて取り返す。<br />「今時間ある？　ちょっとそこでお茶しようよ」<br />「お茶……？」<br />　怪訝そうに言って振り返ると、関根は傍の喫茶店を指さして屈託なく笑っていた。<br />「せっかくこうして会ったんだしさ～、ね！」<br />「…………僕、今〝夕夏〟じゃないんですけど」<br />　少々卑屈な気分になって、雄人はぼそっと答えた。<br />　言ってしまってから、贔屓にしてくれている関根に対して失礼だったかなと後悔する。<br />「……っ！」<br />　関根に肩を掴まれて、雄人はびくっとして立ち止まった。<br />　関根が雄人の前に立ちはだかり……にっこりと微笑む。<br />「じゃあ本名教えて」<br />「…………」<br />　困って、雄人は視線を泳がせた。<br />　本名を教えるつもりもないし、この格好でお茶につき合うつもりもない。<br />　なのに、関根の手を振り払うことができなくて――――。<br />「あら雄人、お友達？」<br />（……おばあちゃん……っ）<br />　背後から声を掛けられ、焦って振り返る。<br />「はい！　夕夏さんと親しくさせていただいております！　関根と申します！」<br />　関根の明るい返事に、雄人は唖然として彼の横顔を見上げた。<br />　ランパブのホステスの身内に自己紹介するなんて、この男はいったい何を考えているのだろう……。<br />「まあまあ、それはそれは。雄人の祖母です」<br />「おお、おばあさまでしたか～！　外回りで来てたんですけど、偶然夕夏さんに会って、今お茶でも飲まないかと誘ってたところなんです～」<br />「あらいいわね。せっかくだからそうなさいよ。荷物、冷蔵庫入れなきゃいけない分だけ私が持って帰るから」<br />「えっ、い、いいよ……っ」<br />　しかし雄人がおろおろしている間に、祖母に保冷用のバッグを奪われてしまう。<br />「じゃあ行こうか！」<br />　満面の笑みを浮かべて、関根が雄人の肩に手を回す。<br />　その強引な手に逆らうことができなくて……関根に引きずられるようにして、雄人は喫茶店に足を踏み入れてしまった――――。

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<link>http://cherrymania.sblo.jp/article/28160331.html</link>
<title>「ご主人様にはナイショ」＋「花嫁修業は恋の予感v」合体番外編　過保護な婚約者v</title>
<description>こちらも同人活動3周年記念本に掲載したものです。この2冊はシリーズでもなんでもないのですが、同人誌ならではのお遊び企画ということで、綾也＆千磨共演です。</description>
<dc:subject>商業誌番外編</dc:subject>
<dc:creator>神香うらら</dc:creator>
<dc:date>2009-04-04T00:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
こちらも同人活動3周年記念本に掲載したものです。<br />この2冊はシリーズでもなんでもないのですが、同人誌ならではのお遊び企画ということで、綾也＆千磨共演です。<br /><a name="more"></a><br /><br />　十月半ばの爽やかな午後。都心にある慶明大学のキャンパスの上空には、秋晴れの青空が広がっている。<br />（よし、今日はこれでおしまい！）<br />　三限目の講義を終えた萩原千磨は、トートバッグを肩に掛けて大教室の出口に向かった。<br />「千磨ちゃーん、これからお茶しに行くんだけど一緒にどお？」<br />　同級生のメグが追いかけてきて肩を叩く。<br />「あーごめん。俺ちょっと学生課に用事あるんだ」<br />「そっかあ。じゃあまた今度ね」<br />「うん」<br />　にこやかに手を振って教室の前で別れ、千磨は階段を駆け下りた。<br />　入学当初はメグをはじめ慶明大学のお洒落なクラスメイトたちに怯んだ千磨だったが、今ではすっかりとけ込んで大学生活を満喫している。メグやアユミ、その他数人のクラスメイトたちと時々ファミレスやボウリングに出かける余裕も生まれてきた。<br />　素直で可愛い千磨はなかなかの人気者で、男女問わず遊びに誘われることが多い。<br />　しかし合コンだけは、何度誘われても断っている。<br />（……興味ないっていうのもあるけど、章吾さんがうるさいからなー）<br />　―――大安寺章吾。千磨の年上の恋人で、章吾の祖父公認の〝婚約者〟だ。<br />　互いの気持ちを打ち明けて、恋人としてつき合い始めたのはほんの二ヶ月半ほど前のこと。色々あって、今は章吾の屋敷で一緒に暮らしている。クラスメイトたちには『親戚の家に下宿させてもらっている』と言っているのだが……。<br />（……同じ部屋のダブルベッドで一緒に寝てるなんて誰にも言えん）<br />　夕べなかなか寝かせてもらえなかったことを思い出し、顔が熱くなる。<br />（いかんいかん！　思い出すなー！）<br />　教室棟を出たところでぶんぶんと首を横に振り、千磨は学生課を目指した。<br />　<br />　一階の奥にある学生課は、ひっそりと静まり返っていた。薄暗い廊下に、千磨の足音だけが響く。アルバイト募集掲示板の前にも誰もいない。<br />　夏休み以降、ここに来るのが日課になっている。千磨は新着情報だけ順に目で追った。<br />（あ、塾講師がある。あーでも土日だけか。うーん……やっぱ条件がなあ……）<br />　東京に戻ってから、千磨はすぐにバイトを探し始めた。もともと生活費は自分で稼ぐつもりで進学したのだ。<br />　しかし章吾に知られ、猛反対されてしまった。どうやら千磨が自分の目の届かないところで働くのが気に入らないらしい。<br />『ここにいれば家賃も生活費も必要ないだろう』<br />　そう言って章吾は不機嫌そうに眉を寄せた。これについては一緒に住むことになったときにも一悶着あったのだが、結局章吾の祖父に説得されて千磨はただで居候させてもらうことになった。<br />『そういうわけにはいかないよ。そりゃ俺が払える額なんてたかが知れてるけど、せめて食費くらいは入れたいし。それに教科書買ったり服買ったりとか』<br />『俺が買ってやる』<br />『いい。俺だってバイトもしたいんだよ！』<br />『帰りが遅くなったりしたら危ないだろう』<br />『はああ！？』<br />　まるで若い女の子のような心配されてしまい、千磨はムッとして眦をつり上げた。<br />　―――しばし言い争った後、章吾がため息をついて腕を組んだ。<br />『わかった。じゃあ週に三日までだ。土日はバイト入れないこと。夜は十時まで。水商売は論外。飲食店も繁華街はだめ。塾講師はいいが、家庭教師はだめだ』<br />『土日だめって、それじゃあほとんど断られちゃうよ』<br />『俺は土日しか休めないんだぞ』<br />　要するに、自分と過ごす時間を確保しておけということだ。<br />『…………わかった』<br />　出来たばかりの恋人といちゃいちゃしたいのは、何も章吾だけではない。ほんのりと頬を染めて、千磨は頷いた。<br />『千磨……』<br />　そして章吾の手が千磨の桜色の頬に伸びてきて……。<br />（わああああっ！！）<br />　甘ったるい回想を、千磨は慌てて振り払った。<br />（だけど全然バイト決まらんし）<br />　章吾の出した条件に合うバイトを探すのは予想以上に困難だった。学生のアルバイトで土日だめ、夜は十時まで、などと言ったらまず門前払いだ。<br />（……お？）<br />　半ば諦めつつ掲示板を見ていた千磨は、最後の一件に目をとめた。<br />　――慶明大学付属図書館内の業務補助。週三日程度。詳細は図書館カウンターへ直接お尋ね下さい。<br />（図書館のバイトかー。いいかも）<br />　大学図書館は夜十時閉館だし、大学構内の施設なら章吾も文句を言わないのではなかろうか。<br />　さっそく千磨は図書館に向かった。<br /><br />　図書館のゲートで学生証をスキャンし、千磨は貸し出しカウンターの奥で作業をしているエプロン姿の職員に声をかけた。<br />「すみません、アルバイトのことでお聞きしたいことがあるのですが」<br />「はい」<br />　職員が振り返る。<br />（あれ？　この人……）<br />　ちょくちょく図書館を利用しているので、職員の顔は大体覚えている。振り返ったのは学生アルバイトらしき若い男性だ。書架へ本を戻す作業をしているのを何度か遠目に見たことがある。<br />（か、可愛い……っ！）<br />　自分のことは棚に上げ、千磨は目の前の学生アルバイトに見とれた。遠目にも一際目立っていたが、間近で見るといっそう可愛らしい。<br />　背丈は千磨と同じかやや小柄で、まだ少年と言っていいような風貌だ。長い睫毛に縁取られた大きな目が、驚いたように千磨を見つめている。<br />「えっと……アルバイト希望ということですか？」<br />「え、ああ、はいっ」<br />　つい、まじまじと見つめてしまった。慌てて千磨はこくこくと頷いた。<br />「明後日の午後五時から、アルバイト希望者への説明会があります。まずそれに出席していただいて、後日個別の面接になります」<br />　『清水綾也』というネームプレートを付けた彼が、千磨に説明会のプリントを手渡してくれた。<br />「わかりました。ども、ありがとうございます」<br />　ぺこっと頭を下げて、千磨はプリントを畳んでトートバッグに突っ込んだ。<br />　一旦帰りかけて、くるりと振り向く。<br />「あのっ、すいません、バイトのかた……ですよね？」<br />「はい」<br />　彼も振り向いた。<br />「あのー、週三日程度って書いてありましたけど、土日出ないとだめとかありますか？」<br />　千磨の質問に、彼はふっと表情を緩めた。<br />「いや、そんなことないよ。土日にシフト希望が集中してて、むしろ平日の夜間に人手が足りなくて困ってるんだ」<br />「そうなんですか、よかったあ」<br />　思わず笑顔になると、清水綾也もくすりと笑った。<br />「俺も平日だけ入れてるんだ。バイト、受かるといいね」<br />「あ、はい、ありがとうございます！」<br />　もう一度頭を下げて、千磨はうきうきと図書館を後にした。<br />（感じのいい人だったな～。一緒にバイトできたらいいな）<br />　顔立ちの可愛らしさだけでなく、彼からは何か温かい雰囲気が伝わってきた。<br />（一年生……ではないよな、多分。何年生だろ）<br />　校門に向かって歩きながら、千磨はもらったプリントを出して眺めた。時給はさほど高くないが、章吾の出した条件にも合うし、仕事内容も面白そうだ。<br />　さっそく章吾に報告しなくてはと考えながら、千磨は最寄りの駅へと歩いた。<br /><br />　<br />「すみません、ちょっと失礼しますー」<br />　図書館の業務補助のアルバイトに採用されて一週間。<br />　支給された紺色のエプロンとネームプレートを付けて、千磨は返却図書の積み上げられたカートを押してエレベーターに乗った。<br />　バイト説明会には二十人あまりの学生が参加していたが、面接の結果、採用されたのは五人だけだった。幸いその五人の中に入ることができ、千磨は火、水、木曜日の午後五時から十時まで勤務することになった。<br />　章吾は、自分が出した条件に合致するバイトがあったことに驚き……渋々、認めてくれた。<br />　エレベーターが三階に止まり、重たいカートを押して降りる。<br />　学生バイトの主な仕事は、返却された本を書架に戻す作業だ。カウンターで返却本をラベル別に仕分けてカートに載せ、ある程度溜まったら館内の書架へ戻しに行く。<br />（えーと、三百番台の棚は……）<br />　まだ館内の配置を覚え切れていないので、エプロンのポケットから配置図を取り出して確認する。<br />　バイト初日は、会議室で職員による図書館のシステムの説明会があった。その後、職員や先輩アルバイトと二人一組になって手順を教わりながら書架への戻し作業していたが、今日から一人でやらなくてはならない。<br />（三百五十番台はここだな）<br />　バイトが真っ先に覚えなくてはならないのがこのラベルの読み方だ。だいたい理解できたが、時々わからない本が混じっている。<br />　とりあえずわかる本だけ戻していって、わからない物は後回しにする。<br />「すみません、本探してるんですけど……」<br />「あ、はいっ」<br />　女子学生に声をかけられ、千磨は振り向いた。<br />　返却作業をしていると、こんなふうに本の場所を尋ねられることが多い。<br />「これなんですけど。さっき検索したら、貸し出し中ではないみたいなんですが」<br />　書名と請求記号の書かれたメモを受け取り、千磨は棚を見上げた。<br />（番号で見るとこの辺なんだけど……）<br />　本が見当たらない。<br />「あ、清水さん！」<br />　ちょうど返却図書を積んだカートを押した綾也が通りかかり、千磨は小声で呼び止めた。<br />　綾也が気づいて、カートを通路脇に置いて近づいてくる。<br />「どうしたの？」<br />「すみません、この本どこにあるかわからなくて……」<br />　千磨からメモを受け取り、綾也は棚を見渡した。<br />「……これかな？」<br />　千磨が探していた場所から少し離れた場所に、目的の本が収められていた。どうやら見当違いの場所を見ていたようだ。<br />「それです。ありがとうございます」<br />　女子学生が礼を言って綾也から本を受け取った。<br />　彼女が立ち去ってから、千磨は綾也に小声で囁いた。<br />「すみません、呼び止めちゃって」<br />「いや、気にしないで。あの番号はちょっとわかりにくいから」<br />　綾也がラベルの見方を説明してくれる。<br />「なるほど、そういうことだったんですね」<br />「俺も最初はわからないことだらけだったし。遠慮せずにどんどん聞いて」<br />「はい、ありがとうございます」<br />　千磨が礼を言うと、綾也はにっこり笑って自分のカートへと戻っていった。<br />（清水さんて素敵な人だな～）<br />　華奢な後ろ姿をうっとりと見つめる。<br />　初日に新人バイトがカウンターに集合したときにちょうど綾也もカウンターの中にいて、千磨に声をかけてくれた。<br />『受かったんだ。よろしくね』<br />『はいっ！　こちらこそよろしくお願いします！』<br />　綾也は経済学部の四年生だった。年上だろうとは思っていたが、三つも上だとは思わなかった。<br />　バイト初日は職員の人と作業をしたのだが、二日目と三日目は綾也と組んで色々と教わった。<br />　初対面の印象通り、綾也は明るくて感じのいい青年だ。シフトがほとんど同じなので、千磨はすっかり綾也に懐いてしまった。<br />　しばらく黙々と返却作業を続ける。<br />　全部戻すと、千磨はカートを押して一階のカウンターへ戻った。<br />「あ、萩原くん。キリがよかったら休憩入ってくれる？」<br />「はい」<br />　職員に声をかけられ、千磨はカウンターの奥からバックルームへ荷物を取りに行った。四十五分間の休憩があるので、たいてい学食に夕食を食べに行っている。<br />　エプロンを外して畳んでいると、綾也が部屋に入ってきた。<br />「萩原くん、休憩？」<br />「はい、学食行こうと思って」<br />　頷くと、綾也もロッカーから荷物を取り出した。<br />「俺も。一緒に行こ」<br />「はいっ」<br />　千磨はぱあっと顔を輝かせた。綾也とは話も合うし、何より一緒にいて楽しい。<br />　学食に向かいながら、千磨は隣を歩く綾也を見た。<br />「昨日バイトの山田さんに聞いたんですけど、清水さんが就職するの、永石不動産なんですってねー」<br />　綾也が就職が決まっていることは知っていたが、会社名までは知らなかった。昨日聞いた話を、千磨は何気なく切り出したのだが……。<br />「えっ？、あっ、う、うん」<br />　なぜか綾也が、ひどく狼狽えた表情になる。<br />（ん？　俺なんかまずいこと言ったかな？）<br />　怪訝に思い、千磨は懸命にフォローした。<br />「よくコマーシャルとかしてますよね～。学生向け賃貸のエヌ・プラネットとか。俺、前はすごいボロアパートに住んでたから、ああいうちょっと高級路線の賃貸って憧れてたんですよ～」<br />「ん……そうなんだ」<br />　薄闇の中でも、綾也の頬がほんのり赤くなるのがわかった。<br />（照れてるんかな？　あの永石不動産に就職するんだからもっと自慢したってええのに、清水さんてば奥ゆかしいなあ）<br />　年上ながら可愛いと思ってしまい、千磨はこっそりと口元を緩めた。<br />　学食に着いて二人でメニューを見ていると、綾也がポケットから携帯電話を取り出した。マナーモードの携帯がブーブーと唸っている。<br />　液晶を確認し、少し戸惑った表情になり……綾也は千磨に「悪い、先に行ってて」と告げた。<br />「……うん、うん、わかった。じゃあ後で」<br />　小声で電話の相手の言葉に頷いている。<br />　その横顔を盗み見て、千磨は目を見開いた。<br />　セリフは淡々としているのに、綾也の表情は見たことないくらい嬉しそうだ。<br />　嬉しいというか、「幸せ」という言葉がぴったりの……。<br />「ごめん。メニュー決まった？」<br />　短い会話を終え、綾也はすぐに千磨の傍に戻ってきた。頬が紅潮している。<br />（彼女かな）<br />　綾也は可愛いし性格もいいのでもてそうだ。実際、一緒にバイトに採用になった同級生の女の子が「清水さんてめちゃくちゃ可愛い……」と目をハートにしていた。<br />「んー、本日の定食にしようかな～と」<br />「肉じゃがかー。俺もそれにしよっと」<br />　連れだってトレイを手にして列に並んだところで、今度は千磨の携帯が鳴り始める。<br />（うっ、この着信音は……）<br />　章吾だ。今度は千磨が「すんません」と言って列を離れる。<br />「もしもし？」<br />『俺だ。バイト、十時に終わるんだろう？　ちょうど俺もその頃会議終わるから迎えに行く』<br />「え？　いいよ、電車で帰るから」<br />　婚約者のふりをしていた頃は永島の運転する車で大学まで送迎してもらっていたが、後期からは普通に電車で通学している。章吾は今までどおり車に乗っていけばいいと言ったが、千磨は固辞した。<br />　バイトを始めたときも、バイトの日は迎えに行くと言われて一悶着あったばかりだ。<br />『図書館の裏に駐車場があっただろう。そこで待ってるから』<br />「ええ？　いいってば！」<br />　しかし千磨の答えを聞かずに電話は切れてしまった。<br />（もう……人の話全然聞かねーし）<br />　呆れて携帯をぱたんと閉じ、列に並び直す。<br />　レジのところで綾也に追いついて後ろに並ぶと、綾也がにこっと笑って振り返った。<br />「彼女から電話？」<br />「ええっ！？　ち、違いますよ」<br />　慌てて千磨は否定した。<br />　彼女ではなく、彼氏なのだが……そんなことは口が裂けても言えない。<br />「そうなの？　なんかすごく嬉しそうな顔してるから」<br />「……そ、そっすか？」<br />　思わず自分の頬に手をやる。<br />　頬が驚くほど熱かった。それを知ってますます熱くなる。<br />（な、なんだよもう～）<br />　章吾からの電話でそんなに嬉しそうにしていたなんて、自分では全然気づいていなかった。気恥ずかしくてたまらない。<br />　それでも、心が浮き立っていることは認めざるをえない。<br />　章吾の運転する車で、助手席に乗ってあれこれ話すのは楽しい。<br />（家に帰っても同じ部屋なのに……終わっとる）<br />　少しでも一緒にいたがる章吾に、いい加減べったりすぎだろう……と呆れているのだが、実は自分も同じなのかもしれない。<br />　誰かとつき合うのは初めてなので、千磨はなかなか素直に甘えられずにいる。<br />「あそこの席空いてるよ」<br />「あ、はいっ」<br />　レジで精算を済ませた千磨は、ぎくしゃくと綾也の後を追った。<br /><br /><br />「お先に失礼しますー」<br />「ああ、お疲れ様」<br />　午後十時を少し回って、千磨はカウンターでパソコンを操作している職員に挨拶をした。<br />　閉館時間は十時だが、職員はそれから戸締まりの点検などの仕事が残っている。千磨たちアルバイトは基本的に残業はなく、十時になったら一斉に上がることになっている。<br />「あ、お疲れ様です」<br />　ロッカーの前で綾也の姿を見かけて、千磨は声をかけた。<br />　携帯電話のメールを確認していた綾也が顔を上げる。<br />「あ、お疲れ様」<br />　学生証と兼用になっているＩＤカードをスキャンして退出の手続きをし、千磨は綾也と連れだって職員用の通用口へ向かった。<br />「萩原くん、休憩時間の後の返却作業、なんかすごいピッチ速かったねー。だいぶ慣れたみたいだね」<br />「ええ、なんかコツが掴めてきた感じです。慣れてくるとなんか面白いです」<br />　休憩時間の後は、自分でも驚くほど効率よく作業ができた。何度か学生に本の場所を聞かれたのだが、今度はすんなりと探し当てることもできた。<br />「返却してるとえーこんな本あるんだーって思って気になったりしません？」<br />「なるなる！　俺、気になって借りてみたことあるよ」<br />　他愛のない話をしながら通用口から外に出ると、秋の夜の冷気に背筋がぶるっと震えた。<br />「俺、今日はこっちだから……」<br />　綾也が校門方面ではなく、図書館裏の駐車場の方向を指さす。普段は綾也も電車なので途中まで一緒に帰ったりしているのだが、今日は車で来ているのだろうか。<br />「俺も今日はこっちなんです。清水さん、車で来たんですか？」<br />「いや……家族が、ついでがあるから迎えに来てくれるって……」<br />「あ、俺もです」<br />　千磨は綾也と並んで駐車場へ向かった。<br />　蛍光灯に照らされた駐車場には、ぽつりぽつりと数台の車しか残っていない。<br />　入り口に近いところに章吾のベンツを見つけ、千磨の胸がとくんと高鳴る。<br />「じゃあ、ここで失礼します」<br />　駆け寄りたい気持ちをぐっと抑え、千磨は綾也のほうを振り返った。<br />「え、ああ、うん。お疲れ様」<br />　外灯の下で、綾也の顔がほんのり上気しているのがわかる。大きな瞳は、じっと一台の車を見つめていた。<br />　章吾のベンツと一台分の空きスペースを挟んだところに停まっているＢＭＷだ。二台とも、こちらにフロントガラスを向けて停まっている。<br />　心なしか、綾也は弾むような足取りで車に向かっていった。<br />　千磨も章吾の車に歩み寄る。<br />「お待たせ！」<br />　助手席のドアを開けて乗り込む。なんとなく照れくさくて、千磨は前を向いたままシートベルトを締めた。<br />「さっき着いたところだ。一緒にいたのがお前が言ってた〝清水さん〟か？」<br />「え？　うん、そう」<br />　バイトを始めてから、千磨は無意識のうちに綾也の話ばかりしていたらしい。章吾に誤解され、そんなんじゃないと喧嘩したことを思い出す。<br />　顔を上げて、章吾越しにちらりと綾也が乗った車のほうを見ると、助手席の綾也と目が合った。<br />　綾也がにこっと笑って手を振る。<br />　千磨も笑顔になり、身を乗り出して綾也に向かって手を振った。<br />「ふーん……なるほど。心配する必要はなさそうだな」<br />　章吾が千磨を見下ろして呟く。<br />「え？　なに？」<br />「いや、なんでもない。ところであの運転席の男、名前知ってるか？」<br />「ううん。清水さんは家族だって言っとったけど」<br />　もう一度身を乗り出して綾也の乗った車を見やると、ちょうど発車したところだった。<br />　ちらりとスーツ姿の若い男の横顔が見える。遠目にもなかなかの男前だ。<br />「うーん……どっかで見たことあるんだよなあ……異業種交流会だったか、どこかの会社の創立記念パーティーだったか……」<br />　章吾が顎に手を当てて首を傾げる。<br />「そうなん？　お兄さんとかかな」<br />「いや、あれは多分……」<br />　言いかけて、章吾はふっと口元を緩めた。<br />「まあ人のことはいいさ。千磨、腹減ってないか」<br />「うん、学食で飯食った」<br />「それじゃあまっすぐ帰るとするか」<br />「うん……う！？」<br />　素早く覆い被さってきた章吾にキスされ、千磨は目を見開いた。<br />　唇を軽く合わせただけで、舌は入ってこなかったが……。<br />「な、なにしとんじゃ、誰かに見られたら……っ」<br />「誰も見てないって」<br />　章吾が笑ってイグニションキーを回す。<br />　黒いベンツは、ゆっくりと夜の街へと走り出した―――。<br /><br />（2008.10.26）

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<title>「お仕事ですから！」番外編　職場のアイドルですから☆</title>
<description>同人活動3周年記念本「紙のうらうらえんEXTRA」に掲載した「お仕事ですから！」シリーズの脇役視点SSです。</description>
<dc:subject>同人誌番外編</dc:subject>
<dc:creator>神香うらら</dc:creator>
<dc:date>2009-04-04T00:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
同人活動3周年記念本「紙のうらうらえんEXTRA」に掲載した「お仕事ですから！」シリーズの脇役視点SSです。<br /><a name="more"></a><br /><br /><br />　ＪＲ横浜駅から歩いて二十分、ヨコハマ運送株式会社の倉庫。青い作業着に身を包んだ青年が二人、黙々とトラックへ段ボール箱を積み上げていく。<br />　荷物を全部積み終えると、二人のうちの一人、飯島航太は首にかけたタオルで汗を拭った。<br />「ＯＫ。二人とも休憩入っていいぞ」<br />「うっす。そんじゃお先に失礼しまーす！」<br />　午前中の作業が終わり、航太はうきうきとした足取りで休憩室に向かった。<br />「メシメシ～っと。今日は何かな～」<br />　鼻歌を歌いながら、保温ケースに入れられた仕出し弁当を取り出す。<br />「お前、飯の時間になると一気に元気になるなあ」<br />　先に弁当を食べていた年配の男が、可笑しそうに笑う。同じ職場で働くトラックの運転手だ。<br />「いや、航太はいつでも元気だろ。飯の時間になるとハイになるだけで」<br />　別の同僚が航太の背中をばんばんと叩く。<br />「いてっ！　もー河田さん、思いっきり叩かないで下さいよおー」<br />　航太が唇を尖らせると、河田と呼ばれた三十くらいのがっちりした男が肩を揺すって笑った。<br />「お前、仮にも格闘家の卵だろ」<br />「そっすけど、俺結構繊細なんすよー」<br />「よく言うよ。こないだ床に落ちたおにぎり平気で拾って食ってたくせに」<br />　河田が航太の頭を軽く小突く。<br />「まあ航太なら平気でやりそうだよなあ。航太に繊細さは無縁すぎだろ」<br />　積み下ろし作業班のチーフも加わって、皆で航太をいじり始める。<br />「ひでーっすよお。俺、高校んときは柔道部のガラスのエースって言われてたんですよお」<br />「ないないないない」<br />　河田が思いきり否定し、その場にいた連中がどっと笑った。<br />「それはそうと、お前いつデビューするんだよ。デビュー戦はみんなで応援に行ってやるぞ」<br />「まじっすか！　超嬉しいっすよ！　でもまだ決まってないんすよー」<br />　賑やかにしゃべりながら、航太はぱくぱくと弁当を口に運ぶ。<br />「おーい、航太。これ読み終わったからやるぞ」<br />　テーブルの端で少年漫画雑誌を読んでいた先輩が、雑誌を掲げて手招きする。<br />「あ、ありがとうございます！　わーい」<br />　いそいそと雑誌を受け取り、航太は目的のページを探した。楽しみにしている連載があるのだ。<br />「お、表紙、南春菜じゃん。可愛いよなあ」<br />　向かいの席に座っていた同僚が、最近人気急上昇中のグラビアアイドルに目をとめて目を輝かせる。<br />「そうかあ？　俺は断然沢井リカだな」<br />「いやいや、一番可愛いのは舞ちゃんだろ」<br />　グラドル談義には加わらずに黙々と漫画を読んでいた航太が、ふいに「ああっ！」と声を上げる。<br />「なんだよ、びっくりするじゃねえか」<br />「どうした航太」<br />「これ、この漫画のヒロイン、誰かに似てるなーって思ってたんすよ。今わかった。千波矢さんに似てるんだあ」<br />　読みかけの漫画のページを皆のほうへ向け、航太がうんうんと頷く。繊細なタッチで描かれたショートヘアのヒロインは、少し憂いを含んだような大きな瞳が千波矢のそれと重なる。華奢で色気のある体つきも、男女の差はあれ醸し出す雰囲気がどこか似ていた。<br />「チハヤ？　誰だいそりゃ」<br />「『ＲＯＣＫＳ』の事務所の人なんすけど、すんごい綺麗なんすよ。初めて見たとき、芸能人かと思ったくらい」<br />「なに？　事務に可愛い子がいるのか」<br />「おい、紹介しろよ」<br />「合コンだ、合コン」<br />　にわかに周囲が色めき立つ。<br />「えっ、いやあの……千波矢さんは男ですよ？」<br />　航太がきょとんとしてそう言うと、皆の口から一斉に「なーんだ」というため息が漏れる。<br />「いやでもマジで可愛いんすよ！　な、謙太」<br />　航太の隣で黙って弁当を食べていた男が、むくっと顔を上げる。先ほど航太と組んで荷物の上げ下ろしをしていた青年だ。<br />　――航太と同じ『ＲＯＣＫＳ』練習生の徳本謙太。よくしゃべる航太とは正反対に、自分からは滅多にしゃべらない、寡黙で落ち着いた男である。<br />「……確かに笹森さんは可愛いな」<br />「だろ！　あーもう、こないだジムの掃除したとき写メ撮っとけばよかったあ。今度写真見せますよ」<br />　謙太の同意を得て航太は得意げだったが、同僚たちの反応は薄かった。<br />「男じゃしょーがないだろ」<br />「航太、あとで南春菜のページだけくれ」<br />「おーい、俺の分もコーヒー頼む」<br />　航太はもう一度漫画雑誌に目を落とした。<br />「千波矢さんてさ、なんか可愛い人だよなあ」<br />　隣の謙太にだけ聞こえるように、ぼそっと呟く。<br />「そうだな。特に俺らみたいなむさ苦しいのばっかりの格闘技団体にいるから、余計にな」<br />「千波矢さんて声も綺麗だししゃべり方も優しいし、いいよなあ……『ＲＯＣＫＳ』のアイドルだよなあ」<br />　航太は千波矢を慕っている。<br />　別にホモセクシュアルな意味ではなく、航太は千波矢のまとっている清潔な雰囲気が好きだった。今まで航太の周りにはいなかったタイプだ。<br />　千波矢は決して愛想のいいほうではない。むしろ他人に話しかけられるとびくびくしているようなところがある。しかし不思議と神経質な感じはしなくて、そういう世慣れていないところが年上ながら可愛いと思ってしまう。<br />　弁当を食べ終えて漫画雑誌に没頭する航太を、謙太は頬杖をつきながら見やった。<br />「……お前も十分、ここのアイドルだよ」<br />「え？　なんか言った？」<br />「いや、なんでもない」<br />　航太の肩をぽんと叩き、謙太はにやりと笑った。<br /><br />（2008.10.26）

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<title>「子猫の教育」番外編 その2</title>
<description>敦行編の後日談です。</description>
<dc:subject>商業誌番外編</dc:subject>
<dc:creator>神香うらら</dc:creator>
<dc:date>2009-04-04T00:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
敦行編の後日談です。<br /><a name="more"></a><br />『おい衣緒。可知は明日留守なんだろ。俺がどっか連れてってやってもいいぞ』<br />　―――金曜日の夜。<br />　受話器を取るなり飛び込んできた台詞に、衣緒は顔をしかめた。<br />　やけに機嫌のいい声の主は、政岡敦行。衣緒の母のパトロンの息子というやや複雑な関係で……しかし気心の知れた、年の離れた兄のような男だ。電話の向こうでにやにやしているであろう顔が目に浮かぶ。<br />　衣緒が可知とつき合い始めてまだ一ヶ月も経っていない。敦行には知られているかもしれないと思ってはいたが、やはりばれているようだ。可知は衣緒との関係をあまり隠そうとしないので、敦行に聞かれて正直に言ったのかもしれない。<br />　照れもあって、衣緒は声を尖らせた。<br />「敦行さん、なんで可知が留守することまで知ってるの？」<br />『今日ちょうど仕事で会ったんだよ』<br />　学生時代の友人の結婚式に出席するため、可知は今夜仕事が終わってからそのまま岡山に向かうことになっている。<br />　平日にもちょくちょく会ってはいるが、やはり週末は二人きりで過ごしたいと思っていた衣緒は、それを聞いて内心がっくりしてしまった。<br />　もちろん可知の前ではそんな素振りは見せなかったが。<br />「敦行さん、休日なのに予定ないんだ」<br />『ちげーよ。俺も色々お誘いがあるけど、お前がひとりで暇だろうから遊んでやってもいいって言ってやってるんだぞ』<br />「…………」<br />　笑いながらそう主張するが、敦行が親切で言っているわけではないことはわかっている。何か魂胆があるに違いないのだ。<br />　長年のつき合いで、それをこちらから問うてもはぐらかされるのも目に見えている。受話器を握りしめ、衣緒は敦行がしゃべるのを待った。<br />『ほら、お前、前に水族館行きたいって言ってただろ。動物園でもいいぞ』<br />「…………」<br />　たしかに行きたいと言ったことはあるが、それは小学生のときのことだ。そのときは面倒くさがって連れて行ってくれなかったくせに、勝手なものだ。<br />『どっか行きたいとこねーのか？　ああほら、こないだお前んち行ったときにいたあのピアノの先生……なんて言ったっけ？』<br />「……倉橋先生？」<br />『そうそう、俺と二人きりだとまずいんなら、その倉橋先生とやらも誘ってもいいぞ』<br />　衣緒はますます怪訝そうに眉をひそめた。敦行とはこれまでも何度か二人で出かけたことがある。中学の頃、どうしても行ってみたい店や映画があるときにつき合ってもらったりした。母は仕事で忙しいし友達もいないので、敦行しか頼める人がいなかったのだ。<br />　ガキのお守りかよと文句を言いつつもつき合ってくれていたが、今更何を言い出すのだろう。衣緒が可知の恋人になったからといって、敦行が可知に気を遣うとも思えない。<br />「倉橋先生は演奏会の準備があるから無理」<br />　……一瞬、電話の向こうで沈黙があった。<br />『そっか。そんじゃあやっぱ俺とデートじゃまずいよなあ』<br />「僕と敦行さんが出かけたって誰もデートだと思わないよ」<br />『いやいや、やっぱ可知に悪いからな。ま、また今度可知が一緒のときにでも飯食いに行こうぜ。じゃあな』<br />　唐突に切れた電話に、衣緒は首を傾げた。<br />「……なんだったんだろ？」<br />　足元で衣緒を見上げている愛猫に、思わず呟く。<br />（倉橋先生に会いたかったとか……？）<br />　そんな考えが頭をよぎり、いやいやと首を横に振る。<br />　自分たちじゃあるまいし、いつも違う女を連れている遊び人の敦行が男に興味を持つわけがない。<br />「敦行さんも気まぐれだからな。まったく、何考えてるんだか」<br />　猫を抱き上げ、衣緒は肩を竦めた。<br /><br /><br />「演奏会の準備、か」<br />　携帯の電源を切り、敦行は独りごちた。<br />　カウンターに肘をつき、グラスを呷る。金曜夜の六本木、行きつけのショットバーはほどよいざわめきに包まれて心地いい。<br />「あら、敦行さんじゃない。誰かと待ち合わせ？」<br />　顔なじみのホステスに声をかけられ、敦行は笑顔を作った。<br />「よう、あさみちゃん。今日は遅いんだな」<br />「そうよ。同伴だったんだけどさっき電話あってキャンセルされちゃって。敦行さんは？」<br />「俺？　俺もさっき振られたとこ」<br />　にやっと笑って見上げると、あさみが流し目をよこす。<br />「へえ……じゃ、お店つき合ってくれない？」<br />　……このまま彼女の同伴出勤につき合うのも悪くない。あさみはいい女だし、多分店がはねてからもつき合ってくれる気なのだろう。<br />　彼女となら、週末をきっと楽しく過ごせる。<br />　思案するように、敦行はグラスを指でなぞった。<br />　―――店内のＢＧＭがピアノ曲に変わり、どこかで聴いたことがあるような優しいメロディが流れる。<br />「……や、せっかくだけどまた今度。ごめんな」<br />　立ち上がり、ぽんと彼女の肩に手を置く。<br />　そしてあさみが何か言わないうちに背を向けた。<br />　<br />　店を出ると、敦行は空を見上げた。<br />　ネオンで照らされた明るい夜空に、月が控えめに輝いている。<br />　その様子が、一度会っただけのおっとりと優しい雰囲気を漂わせる男の印象に重なった。<br />「たまにはひとりで過ごすのも悪くないかな」<br />　月に話しかけるようにそう呟き……敦行はポケットに手を突っ込み、機嫌良く雑踏へと踏み出した。<br /><br />（2006.5.5）

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<title>「子猫の教育」番外編</title>
<description>瑞穂・可知視点のちょっとした後日談です。</description>
<dc:subject>商業誌番外編</dc:subject>
<dc:creator>神香うらら</dc:creator>
<dc:date>2009-04-04T00:00:00+09:00</dc:date>
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瑞穂・可知視点のちょっとした後日談です。<br /><a name="more"></a><br />　春らしい陽気に包まれた四月の午後。銀座は多くの人で賑わっていた。<br />　駅から人波に流されるように歩いていた石田瑞穂は、ふとショーウィンドウに写った自分の顔を見て苦笑した。<br />（まさに、苦虫を噛み潰したような顔してる）<br />　仕事が立て込んでおり、しかもあまりうまくいっていない。これから会いに行く顧客も苦手なタイプだ。<br />　もちろんそれをビジネスの場で顔に出すほど子供ではない。ひとりで街を歩くとき、つい眉間にしわが寄るくらいは仕方がないだろう。<br />　すれ違った大学生らしいカップルの女の子が声を上げて笑っている。その屈託のない笑顔に、そういえば久しく声を上げて笑っていないことに思い当たる。<br />　学生カップルの男の子の方は、随分と背が高かった。自分が大学生のときにつき合っていた背の高い男を思い出し、唇を噛みしめる。<br />　―――可知貴仁。<br />　つき合っていたと言っても恋愛というにはほど遠い関係だったが……瑞穂にとって、忘れがたい男だ。<br />　恋愛には淡白だと思っていた自分が、初めて好きになった人。<br />　だが、可知にそれを悟られるのが怖かった。好きだと言えば、彼が逃げてゆくことはわかっていたから。<br />　交際は瑞穂からアプローチして始まった。ゼミや司法試験の勉強会で一緒に過ごすうちに興味を持ち、さりげなく近づいた。<br />　自分の容姿にはそれなりに自信があったし、彼がつき合っていた女の子たちよりもうまくふるまえる自信があった。彼が望んでいるであろう「物わかりが良く、割り切ってつき合える大人の女性」の役をこなしながら、つき合ううちに関係は変えられると思っていた。<br />（あの頃の私はうぬぼれていた……いつか貴仁に愛されるんじゃないかと思ってた）<br />　―――結局、可知に疎ましく思われたくなくてどうしても本心を晒すことができず、関係を変えられないままあっさりと終局を迎えた。<br />　その後何人かの男とつき合う機会があり、理由は色々あれど終局を迎えたが、可知以上に別れたことを後悔している男はいない。他人に無関心で冷たい男だったが、それでも瑞穂を惹きつけてやまない魅力があった。<br />（私らしくもない。こんなふうに引きずるなんて）<br />　物思いを断ち切るようにしゃんと背筋を伸ばす。<br />　腕時計を見ると、約束の時間までかなり余裕がある。買おうと思っていた新譜を思い出し、瑞穂はちょうど目についたＣＤショップに立ち寄った。<br />　高校までピアノを習っていたこともあり、瑞穂はクラシック好きである。自分では弾かなくなってしまったが、コンサートにはちょくちょく足を運んでいる。<br />　クラシックのコーナーへ近寄ると先客がいた。<br />　華奢な体つきの少年だ。屈んで熱心にタイトルを目で追い、首を傾げている。<br />　高校生くらいだろうか。その年頃にしては珍しくオーソドックスな服をきちんと着こなしており、清潔感がある。<br />　ちらりと見えた白い横顔に、瑞穂は眉を寄せた。<br />（ひょっとして……）<br />　目的のＣＤが見つからないのか、少年が唇を尖らせて振り向いた。<br />「あ」<br />　目が合い、少年の方が先に思わずといった感じで声を上げる。<br />　―――やっぱり彼だった。<br />　去年の秋、友人と出かけたピアノリサイタルで偶然会った可知が連れていた少年。それ以前にも一度会っている。<br />「クリコフのリサイタルでお会いしたわね」<br />　にっこりと笑顔を作って話しかけると、少年の顔があからさまに不機嫌になった。<br />　本来なら彼の方があのときの失礼な態度を謝罪すべきだろうに、少年はむっつり黙って瑞穂を睨むばかりだ。<br />　なんてストレートに感情が顔に出るのだろう。<br />　これが仕事相手なら大人げない人だと呆れるが、彼がずいぶんと年下のせいか、呆れるというよりなんだか可笑しくなってしまった。<br />　彼くらいの年頃の少年少女と接する機会がないわけではないが、ここまで取り繕わないタイプは珍しい。常に感情を顔に出さぬよう気をつけている自分とは大違いだ。<br />「貴仁は元気？」<br />　ふてくされた顔のまま、一拍置いて少年はこくんと頷いた。<br />　ひどく子供じみた仕草なのに、不機嫌な顔にほんのりと赤みが差し……瑞穂は思わずどきりとした。<br />　俯いた彼の伏せた睫毛のあたりに、初々しさと同時にはっとするような色香が匂い立つ。<br />（……やっぱりそうなんだ）<br />　なんとなく察していたとはいえ、可知と少年の関係を見せつけられたようで瑞穂は動揺した。<br />　男同士ということももちろんだが、あの可知が、こんなに生意気で礼儀知らずな子供とそういう関係を結んだことが信じられなかった。<br />「……前に貴仁があなたの家庭教師をしてると言ってたけど、今もそうなの？」<br />　人づてに、可知が最近独立して事務所を構えたことは聞いている。だとしたら、忙しくてそれどころではないのではなかろうか。<br />　ぶんぶんと首を横に振り、少年は顔を上げてその生意気そうな唇を開いた。<br />「今は僕、高校行ってるもん」<br />「……そうなの」<br />　今は、ということは、以前は高校に行っていなかったということなのだろう。<br />　家庭教師を辞めた後もつき合いが続いているらしいと知って、瑞穂は心臓をぎゅっと掴まれるような息苦しさを覚えた。<br />「…………」<br />　黙り込んでしまった瑞穂を、少年がちらりと見上げる。何か言いたそうでもあり、立ち去るタイミングを計っているようにも見える。<br />　その警戒するような仕草に、子供の頃に拾ってきた子猫を思い出す。子猫はなかなか懐かず、ずいぶんと手を焼かされたものだ。<br />　それにしても、と瑞穂は彼の顔をまじまじと見つめた。<br />（憎たらしいほど可愛いじゃないの）<br />　飼っていた子猫と彼の印象が重なり、瑞穂は口元を綻ばせた。<br />　この子は飼い主から十分な愛情を注がれている、毛並みのいい高慢な猫なのだ。<br />　猫だと思えば腹も立たない。<br />　そして……猫だと思えば敵わないのも納得できる。<br />「……じゃ、貴仁によろしく」<br />　元彼女のせめてもの意地でにっこりと微笑み、瑞穂は彼に背を向けた。<br />　<br />　妙にすがすがしい気分だった。<br />　春風に吹かれながら、瑞穂は銀座の大通りを颯爽と歩いた。<br />　吹っ切れたとまでは言わないが、さっきまでのもやもやした気分が嘘のようだ。<br />（それにしても、貴仁がああいうタイプに弱いとは意外だったな……）<br />　ああいうタイプが一番嫌いだったはずなのに。そういえば彼はひどく猫嫌いだったことも思い出し、瑞穂は苦笑いを浮かべた。<br />　ふと、これから会う顧客の顔を思い出す。ベンチャー企業の若き社長である彼は、どうも子供じみたところがあって苦手な男だ。向こうは瑞穂に気があるらしく、前に一度食事に誘われて断ったのだが……。<br />（今日もまた誘ってくるようであれば、一度くらいおごらせてやってもいいかな）<br />　そう考えて、瑞穂はくすりと笑った。<br /><br /><br />「ちょっと待ってろ。今片づくから」<br />　事務所のドアを開けて入ってきた少年に、可知はパソコンのモニターから顔を上げた。<br />　少年……可知の恋人である藤谷衣緒は、大人しく来客用のソファにちょこんと座る。<br />　今日は早めに仕事を切り上げ、一緒に食事に行く約束をしている。ここのところ互いに忙しくしていたので、デートは久しぶりだ。<br />　キーボードを叩きながら可愛い恋人の様子を盗み見て、ふとその横顔にいつもと違う何かを感じ取り……可知は手を止めて立ち上がった。<br />「どうした。学校で何かあったのか？」<br />　衣緒は今月から単位制の高校に通い始めた。中学のときから不登校になり、久しぶりの学校生活ということで色々戸惑うこともあるのかもしれない。<br />　衣緒の隣にどさりと座り、可知はその細い肩を抱き寄せた。<br />「……別に」<br />　不機嫌なときの癖で、衣緒は唇を尖らせる。<br />　その態度にますますこれは何かあったなと感じ取り、可知は口元に笑みを浮かべた。<br />「何だよ。隠すなよ」<br />「や……ちょっと！」<br />　更に強く抱き寄せて耳たぶを軽く噛むと、かくんと力が抜けるのがわかる。衣緒の弱い部分を知り尽くしている可知には造作もないことだ。<br />「……どうした？　俺には言えないことか？」<br />　耳元で囁き、太腿をまさぐる。<br />「やだ、誰か来たら……」<br />　可知の手を振り払おうとする手も、次第に弱々しくなる。<br />「そうだな。誰か来たらまずいよな」<br />　そう言いつつ、核心に迫るように可知は太腿の内側に手を滑らせた。<br />「……っ」<br />　衣緒がびくっと体を震わせる。<br />「ほら、言わないとまずいことになるぞ。何があった？」<br />「…………ＣＤ買いに行ったら」<br />　そこで言葉を切った衣緒を促すように、可知は衣緒の弱い部分を優しく揉んだ。<br />「ナンパでもされたか？」<br />「違う……んっ、あの瑞穂って女が……っ」<br />「瑞穂に会ったのか？」<br />　意外な展開に、可知は衣緒をなぶる手を止めた。<br />　真っ赤になった衣緒が、ぷいと顔を背ける。<br />「……『貴仁は元気？』って聞かれた」<br />　貴仁、という部分を、衣緒は言いにくそうに小声で呟いた。<br />　衣緒は可知のことをいまだに「可知」と名字で呼ぶ。いい加減名前で呼んで欲しいのだが、どうやら気恥ずかしいらしい。<br />　なかなか呼べないその名前を昔の彼女がさらりと言ったことを、衣緒は衣緒なりに気にしているらしい。<br />　衣緒が焼きもちを焼いていると知り、可知の心はざわついた。<br />　同時に、体の奥から熱い奔流がこみ上げる。<br />（嫉妬なんかする必要はない。お前は俺をこんな気持ちにさせる唯一の存在なんだから……）<br />　心の中の呟きを、可知は敢えて口には出さなかった。<br />　自分が年甲斐もなくこの愛らしい少年に夢中なことを、本人はわかっているのだろうか。<br />　まだ恋愛に関しては幼いところもある衣緒に、自分の本心をすべてさらけ出すのははばかられた。<br />　どんなに独占欲が強くて、どれだけ欲望を抱いているのか、衣緒が知ったらきっと怖がるに違いない。<br />　一応、可知なりにセーブはしているのだ。<br />「……お前が大人になったら、もうちょっと遠慮なくやらせてもらうからな」<br />「え？　何それ……あんっ」<br />　可愛らしい声を上げた衣緒を抱き上げ、可知は事務所の鍵を閉めにいった―――。<br /><br />（2006.4.15）

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<title>「ご主人様にはナイショ」番外編</title>
<description>会社の前で綾也と出会った場面の光一郎視点です。</description>
<dc:subject>商業誌番外編</dc:subject>
<dc:creator>神香うらら</dc:creator>
<dc:date>2009-04-04T00:00:00+09:00</dc:date>
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会社の前で綾也と出会った場面の光一郎視点です。<br /><a name="more"></a><br />　―――永石不動産本社ビル五階。<br />　なるべく残業をしない、させないという社の方針もあって、午後六時半を回ったオフィス賃貸事業部は閑散としていた。出先から戻った社員が数人、各自の机でメールをチェックしたり急ぎの電話をかけたりしているが、フロアの照明は半分落ちている。<br />　溜まったメールに返事を送り終え、永石光一郎はモニターから顔を上げた。<br />　今日は一日外回りだったため、まだこれから何件か報告書を作成しなくてはならない。<br />　しかし……席を立つと、光一郎は窓辺へと向かった。<br />　―――まだいるのか。<br />　すっかり暗くなった本社ビル前の広場の片隅。両膝を抱えるようにして、花壇の縁に学生服姿の少年が座り込んでいる。<br />　街灯を背にしているのでその表情は読み取れないが、あの大きな目を凝らしてビルから出てくる人を見つめているのだろう。<br />　目が合った瞬間の、不安そうに見開かれた子鹿のような瞳を思い出し…光一郎は軽く眉をしかめた。<br />　この寒空に、コートも着ていなかった。<br />　彼を待たせている人物は、彼が三十分以上も待っているのを知っているのだろうか。<br />　いや、光一郎が見たときにはもう鼻の頭を赤くしてしたから、もっと前からいたのかもしれない。<br />「永石さん、明日の会議の資料なんですけど、ちょっと見ていただけますか」<br />　今日一緒に外回りをした後輩の久保が、書類を片手にやってきた。<br />「ああ」<br />　窓から身を離し、光一郎は資料を受け取った。<br />「あれ、あの子まだいるんですね」<br />　光一郎につられるように窓から広場を見下ろした久保が呟いた。一緒に社に戻ったので、彼も少年を覚えていたらしい。<br />「あーあ、可哀想に。誰を待ってるんでしょうね。この会社の人かなあ」<br />　黙って光一郎は資料をめくった。<br />「彼女だったりして。ああいう可愛い子は年上のお姉さんに可愛がられそうだもんなあ」<br />　久保は気のいい男だが、何でも恋愛話に結びつけたがる癖がある。<br />「……まさか。中学生だぞ」<br />「やっぱり中学生ですかね？　高校生かなとも思ったんですけど」<br />「どう見ても中学生だろう」<br />　きっぱり断言すると、光一郎は資料を久保に押しやった。<br />「本文はこれで問題ない。図のところだけ、流れがわかりにくいから一枚で収まるように簡潔にまとめた方がいい」<br />「あ、はい。直します」<br />　デスクに戻る久保の背中を見送り、光一郎はもう一度窓の外を見下ろした。<br />　少年は寒そうに両手を擦り合わせている。<br />　十一月初旬の今、まだ凍てつくほどの寒さではないが、日が落ちてから長時間外にいたとなるとかなり冷え切っているに違いない。<br />　腕時計に目をやると、もうすぐ七時になろうとしていた。<br />「―――ちょっと出てくる。すぐ戻る」<br />「え？　あ、はい」<br />　久保に声をかけると、光一郎は大股でフロアを横切った。<br />　エレベーターホールを通り過ぎて階段を降りようとし、ふと足を止める。二、三歩バックして薄暗いホールの隅で煌々と光を放つ自動販売機の前に立ち、硬貨を入れる。<br />　コーヒーのボタンを押そうとし―――思い直して隣のミルクココアを押した。<br />　ごとんと落ちてきた熱い缶を掴むと、今度こそ階段を駆け下りた。<br /><br /><br />「―――このビルの誰かに用があるのか？」<br />　つぶらな瞳が、驚いたように光一郎を見上げた。警戒の色がありありと浮かぶ。<br />　……怖がらせてしまっただろうか。<br />　自分の容姿が初対面の相手には少々威圧的に映るらしいことを自覚しているので、光一郎は少し声をやわらげた。<br />「このビルは七時で閉館になる。誰かを待っているなら、七時以降は裏の通用口から出てくるから、ここにいては会えない」<br />「…え、あ、そ、そうですか」<br />　高めの、まだ幼さの残る声だった。<br />　見知らぬ男に声をかけられて緊張しているのか、少年の顔はみるみる赤くなり…耳まで真っ赤になってしまった。<br />　いかにも世慣れていないこの少年を、こんなところで長々待たせているのは一体誰なのだろう。<br />「部署と名前は？」<br />　つい、詰問口調になってしまう。<br />　連絡が取れなくて待ちぼうけを食らっているのなら、自分が取り次いでやってもいい。<br />　柄にもないお節介だが、なぜかこの心細そうな目をした少年を放っておけなかった。<br />　光一郎の申し出に一瞬間を置き……少年は慌てたように立ち上がった。<br />「い、いえっ！　結構です！」<br />　背丈は光一郎の肩のあたりまでしかない。間近で見ると、学生服に包まれた体は随分と華奢だった。<br />　しかしあどけなさの中にもほんの少しだけ、少年から青年へと変わりつつある兆しが見て取れる。もしかしたら久保の言うように高校生なのかもしれない。<br />　つい不躾に見つめてしまったせいだろうか。少年は困ったように細い眉を八の字に下げ、視線を彷徨わせている。<br />「ええと、もう帰りますんでっ」<br />「待ちなさい」<br />　帰ろうとした少年を、光一郎は呼び止めた。<br />　振り返った少年の手に、ココアの缶を押しつける。<br />「あつっ、…え？　あ、あの」<br />　戸惑う少年に、光一郎は敢えて背中を向けた。<br />　これ以上彼を困らせては可哀想な気がして。<br />　それに……会ったばかりの他人に深い関心を寄せるなど、いつもの自分らしくない。<br />「あの、ありがとうございます…！」<br />　ビルに足を踏み入れたところで、少年が声を張り上げるのが聞こえた。<br /><br />　―――またどこかで会えるような気がする。<br />　不意に訪れた根拠のない予感に、階段を上りながら光一郎はそっと唇の端を上げた。<br /><br />（2005.6.4）<br />

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